武蔵野三十三観音霊場第14番・妙善院武蔵野三十三観音霊場第14番・妙善院
武蔵野三十三観音霊場第14番・妙善院 武蔵野三十三観音霊場第14番妙善院ご詠歌:あのくたら二世安楽を誓いおくたえなる法の光るみ山に
光輪山、三ヶ島寺、妙善院、武蔵野狭山観音霊場

縁起

武蔵野三十三観音霊場第14番妙善院曹洞宗妙善院は、旧前沢村(東久留米)浄牧院の末寺で、本尊は白衣観世音、行基の作といわれる。惣門より山門をくぐり、本堂に至る。山門には仁王様と2階には十六羅漢様が安置、左手に地蔵堂、右手に慈母観音像を仰ぎ、鐘楼堂を同じく右に見ながら、又時代に即応した、幼稚園、保育園を右手に見ながら、水屋で身も心も浄めて参拝する。

当寺は天正年間(1570年代)今から400有余年前、源義家の後孫、徳川の旗本、沢次郎左衛門の開基とされ、開山は阿山呑碩大和尚で、現在が18世である。歴代沢家の菩提寺として護持され、由緒ある寺院。沢吉縄は、徳川家康に仕えて関ヶ原の戦いに参戦するなどの働きをした武将で、子孫は以後徳川幕府の旗本として歴代将軍に仕えた。元禄年間には常陸国新治郡などにも知行地を与えられ600石取りとなった。代々当寺を菩提寺とし、天明5年(1785)には開基盆供料として金百疋を奉納、嘉永7年(1854)には、一族の幸良が描いた幸純ならびに幸洸・幸得の画像2幅(市指定文化財)が奉納された。ほかに、沢氏系図、徳川家康画像なども残されている。

五輪の塔

武蔵野三十三観音霊場第14番妙善院・五輪の塔境内には嘉暦年間(1329)、今から約665年前作の五輪の塔がある。一部欠けているところがあるものの、ほぼ完全な形で伝わっており、各石にはキャカラバアの梵字が円形の中に刻まれている。宝珠形・半円形・三角形・円形・方形の5つの石に刻まれた文字は、宇宙の原理に基づいて構成されているという五輪、すなわち空・風・火・水・地の梵字である。この五輪の塔は埼玉県指定文化財、旗本沢家の掛け軸は所沢市の文化財となっている。三ヶ島小学校も当寺で開校し、以前には寺子屋として子弟の教育にあたり、また三ヶ島村役場も大正7年までここにあった。

 

絵師・石川文松

絵師石川文松は、山口観音の六歌仙絵馬をはじめ、狭山丘陵周辺の寺社に多くの絵を残した。青梅の出身で、絵を谷文晁に学び、一時勝楽寺村に住んだが、晩年は三ヶ島村で過ごし、武蔵野三十三観音霊場第14番妙善院・石川文松の鳳凰図(部分)本寺飛び地の薬師堂にあった小庵に住んだ。安政4年(1857)60歳で亡くなった文松は当寺に葬られた。当寺開山堂の天蓋には、文松が描いたと伝える鳳凰図が色鮮やかに残されている。

通称「原の寺」ともいわれ、杉の大木が林立し、狼の穴も本堂横にあり、さぞや昔は山中の淋しい寺であったのでは、当然、住職も無住の時もあったであろう。

宗      派 … 曹洞宗
本      尊 … 白衣観音
所在地

〒359−1164
埼玉県所沢市三ヶ島3−1410
電話04−2949−2918

徒歩

西武池袋線・小手指駅から早稲田大学行き西武バス、大日堂下車、徒歩10分。

自動車

山口観音から北野天神前まで戻って左折、大日堂交差点を右折、次の信号を右折する。門前に駐車場あり。

詳細な地図を表示する 武蔵野三十三観音霊場第14番妙善院・境内全景
設備

駐車場 バス5台、乗用車70台
公衆便所/休憩所/納経所案内板/本堂/賽銭箱/香炉

主催行事

妙善院坐禅堂にて一般歓迎

4月8日・8月2日・12月8日・2月15日
午前5時50分説明。
6時〜7時坐禅作動。
朝食(おかゆ)。7時半散会

年中行事

観音講大祭

4月29日 13時〜15時

大施食会・盆踊り大会

7月23日 14時〜17時

除夜の鐘

12月31日 23時〜翌2時

みどころ
春

4月、ボタン桜が中旬は美しい

夏

百合の花が咲き乱れて美しい

秋

銀杏を始め紅葉があざやかで美しい

冬

「重からが我慢しろや竹の雪」冬の雪の竹が美しい

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